更新も1か月ぶりになった。
この間,秋の学会報告の構成を練るのに専念していたが,一進一退か二退。
そもそも構想が漠然としていた。
現時点の考えを書き留めておこう
- 価値論の意義は,商品経済の社会的成り立ちが資本による生産過程包摂を根拠にしていることを示す点にある。
- 資本における価値の姿態変換においては投下資本の価値は移転/非移転
- 非移転=労働力商品=資本の下では価値消失
- 非移転の労働力商品でも価値を生まないものがある。
- 価値形成労働は宇野以降,2段階で絞り込まれる。まず普遍的な生産過程論で,「労働の二重性」の一部として抽象的人間労働を抽出した上で,資本の生産過程論において資本の下で投下される単純労働に価値形成労働を求めている。
- 価値形成労働が層次的に絞り込まれるのと相即して,価値非形成労働も段階を追って輩出される。
- 生産過程論では,目的物である生産物の視点で労働過程を捉え直すことにより主体的な「労働そのもの」も目的合理的に質量規制された生産的労働として捉え直しており,定量的な生産的労働と自己目的性が残り定量性を欠く不生産的労働の違いを明らかにしている。他方で,生産過程に投入される生産手段および労働力とその背後の生産過程の連関・連結に着目すると,連結に抱える運搬,保管,調整の諸効果や照明や技能教育など労働補助効果など直接生産労働以外の諸労働の存在が明らかになる(山口原論)。
- また,価値形成労働を「資本の下に投入される単純労働」に求めると(山口原論),それぞれの基準から逸れる価値非形成労働の存在が明らかになる。「資本の下」=非裁量性とすると,裁量性の高い労働は価値形成労働とは言えない。単純労働=入職前訓練不要と捉えれば,いわゆる熟練労働は価値形成労働とは言えない。
- さらに,熟練労働の形成を入職前訓練(外部養成)のみならず,入職後の職務経験に基づく技能習得(内部養成)を含めると,勤続(職場定着)や勤続による習熟・階梯性の発生も明らかになる。
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